[あなたは何処から来たの? #03] 菅谷聡(31):大学院生

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言語学校の購買で肉まんを食べてて、ふと手をおろしたら後ろからやってきた猿にとられて。しかも俺はその猿を追いかけたんだよ。「肉まん返せ」って。

– 比喩とかではなく?(笑)

そうそう。ほんと。それを人に話したら、「猿から取り返したら食べるつもりだったの?」って言われて。

– 菅谷さんなら仲良くやっていけそう。ちなみに、お金はどうやりくりしてたんですか?

北海道でバイトした40万程度の資金があって、授業料は8万円くらいだし、生活費と、猿が入ってくる寮の寮費と、それで半年は保った。中山大学、ちょー面白い。猿は出るし犬も出るし、って感じだし。サバイバルなところで。当時まだ25,6歳くらいで、歳が近かった学生たちとサバイバル生活をしてたから。お金がないってなったときにバイトを紹介してもらったのが夜市の餃子売りだったり。

– 餃子を売りながら、猿と肉まんサバイバルをする、と。

一応、昼は言語学校行ってたけど。半年間でお金が尽きて、沖縄に出稼ぎに戻った。とりあえず銀天街に行けば住む場所はあるからそこに戻って、たまたま友人から壁画書くけど一緒にやらない?と言われて、銀天街に壁画を描くことになった。

– ほー。

200mくらい書くんですよ。歴史絵巻になってて、昔の王朝の頃から、黒人街の頃から…。バカでかい壁画を半年位書いてお金を貯めて、台湾にまた戻った。半年高雄に居て勝手がわかったから、次は本格的に大学を探そうと思って。んで、台南に行った。

– ふむふむ。

成功大学は台湾文学研究所があるから、そこに乗り込めばなんとかなるだろうと思って。

– なぜ台湾文学研究所を?

当時は美術より文学にウェイトを置いてて、文学研究をするんだったら中国文学に行く理由はないし、外国語文学でもないし。台湾文学しかなかった。日本の大学にその選択はないし。紀大偉とかある程度の人は翻訳されてるけど、当時日本で手に入るものが少なかった。

– いつ頃ですか?

2013- 14年くらい。当時白先勇とかは翻訳されてるけど、まだ甘耀明とかもされてなくて。

– 台南の成功大学に半年行った。

そう、夜市で餃子を売った甲斐もあって、今度は言語学校の中級クラスに入った。まだ大学院の伝手もなかったし。授業も潜ろうと思って、台湾文学研究所に潜入してたんだよね。

– ふむふむ。

あとは、映画館とかよく行くんで、そのときたまたま5月くらいにやってた台湾ドキュメンタリー映画祭の台南巡回展を見に行った。2015年かな。毎日全部見に行ってたんだけど、その中のプログラムで「小川紳介特集」をやってて、彼の三里塚の映像も放映されていてた。今の三里塚をとってる代島治彦さんっていう人も来ていて、終わったあとに挨拶をしておこうと思って「自分は沖縄と台湾の比較研究をしてて」という話をしたら、そういえばあそこに最近インタビューされてる台湾の大学の先生がいるんだけど、ってその場で後に今の指導教員になる人を紹介してくれたんです。その人も沖縄と台湾の比較文学研究をやってて、話をしたら「うちにおいでよ」と言われて「あ、じゃあ行きます。」みたいな。

– あ、これ書けますかね。

まあそこで出会ったみたいな感じかな。

そこから台中編が始まった。

– 台中での生活が始まって、今まで3年くらいですよね。

そうですね。

– その後は沖縄に戻られたりはしたんですか?

その次の夏休みに沖縄に戻った時にたまたま那覇に行ってみようと思って、ナハウスに行ったんだよ。

ナハウス<http://na-house.tumblr.com/>

そもそも僕は銀天街があるから、ナハウスに住む必要がなかったんだけど。2016年の銀天街は、アーティストの流れから変わって2012あたりからミュージシャンの流れになっていた。ダブとかレゲイとかブラックミュージックやってる人たち集まってきて、いい感じだったんだけど。まあ僕は音楽やる人とかが大麻をやるところまでは容認するんだけど、速いものを見かけて、なんか嫌だなと思って。

– ケミカルとか?

そう。だからその年はなんとなく銀天街の外に行こうと思って。クラブカルチャーとか音楽界隈とか、サイケとかやってる人がある種ドラックカルチャーと親和性が強いのは、野球する人は筋トレするみたいなことで、それ自体に問題はないんだけど。

– ふむふむ。

それもあって、まぁたまには栄町に行ってみようという気持ちになって。

それで「栄町に行こう」ってなったことについては「年刊ナハウス( #BABFでも販売予定)」に書いてるんだけど、創始者の石黒さんとか太加丸たちとは2008年くらいから知り合いで、彼らが2012年にナハウスを始めたことも知ってたんだけど。壁画を描いてたときとかも、ナハウスに泊まるっていう寸前までは行ったりしたけれども何故か行けなかったり、っていうのが何回かあって、最終的に満を持してのナハウス、に行ったのが2016年。

– ふむふむ。

最初は石黒さんが店長やってた「on」っていう店に行って「ちょっと3日くらいナハウスに泊まっていいですか」って言ったら「いいよ」みたいな。それでナハウスに行って階段登ってガチャって扉をあける、みたいな。

– 一軒家?

一軒家の二階と三階。一階は別のテナントだから。

– 一階は?

当時は南米料理屋の「SUDAKA」っていう。すげえんだよ、SUDAKAって。店をやってたのは艶子さんっていうすごい人で、キューバの亡くなったカストロ議長のことをフィデルって呼ぶからね。南米沖縄界の重要人物みたいな。ガルシア=マルケスからもらった手紙、みたいなのもあって。めちゃくちゃ面白くて。

– かなりディープそうな雰囲気が。

ほんと、すごいんだよ。まあどんなに音を出してても一階から苦情がこないわけで。

– (笑)

石田祐規とか当時のメンバーたちと乱痴気さわぎをしてたりしてたら、3日くらいお邪魔する予定がなんか知らないけど1週間になり、結局6,7,8月と3ヶ月くらいいて。2016年くらいのナハウスのリズムに合った。そのままなんか知らないけどメンバーになってた。

– 台湾でも明徳芸術中心というところを開かれていたような。

銀天街でも自宅の1階をぶちぬいて展示スペースみたいにしてたんだけど、明徳芸術中心は自宅です。誤解するじゃん、良い意味で。石田祐規の写真展とか、鈴木美里さんっていうダンサーの人が公演やったり。「オファーが来ればタダで貸すよ」っていう。お金をとるっていう発想がないから。

– 家賃などはかかるのでは?

そもそも家賃も2000元(7500円程度)とか2500元(9000円程度)くらいだし。ご飯だけおごってねって。それだけで泊めるし、貸す。

– 大学院での生活はどうですか?

大学院は普通に、講義があるんですよね、必修だったり。中興は研究所しかないから、学科上がりの子たちはみんなバラバラの学科で、哲学の人もいれば、中文学科もいれば外文学科もいるし、社会学の人も。となれば個人差はあるけど台湾文学の100年の近代史を全体まで把握してない状態で来るわけですよ。そんな感じで台湾文学史だったりを一通り勉強したりとか。あとはうちの研究所はファッション研究してもいいし、何やってもいいんだよね。文学部って映画研究や映像研究をやってもいいところだし、漫画やってもいいしBLで卒論書いてた人もいたし、自由。

– 菅谷さんは何を研究されてるんですか。

自分たちの代から創作も可能になって。多分僕は作品を提出して、ってなるんだけど。台湾の映画とかよく見てたし、台湾の映画について論文を書くんだろうなと思ってたんだけど、今は「ニセ文学史」みたいな。架空の文学史を捏造するみたいな、その創作の方向です。

– おお。

いくつかプランはあったんだけど、最初は台中にある駅前の第一広場っていう超面白いところをテーマにしてインタビューなりをしてまとめるっていう構想もあったんだけど、第一広場のことはもう少し長いスパンで考えたくて。今、一年くらいの修士論文でやるってなったら原点に帰って「沖縄文学と台湾文学の比較だよな」と思った矢先、沖縄のとある小説が台湾の小説をパクってるっぽいっていう事案があって。

– 興味深い。

逆に言うと、全く同じプロットが台湾と沖縄で成り立つということが実はこれってすごい面白いことなんじゃないかっていう。内容は、第二次世界大戦の前後でフィリピンに出兵した人がそのフィリピンでの経験を戦後振り返るっていう話。台湾で書いた人は台湾生まれの、沖縄の人は沖縄生まれで、それぞれ「日本兵」という立場で話を書いて、全く同じプロットが成立するっていう。そもそもパクるってなんだろうっていう話にもなってきて。例えば東京生まれのフィリピン出兵の話だったら成立しない話で、台湾と沖縄の人というプロットだったら成り立たせるものはなんだろうというのを考えたときに、僕は架空の島をでっち上げて、その島の近代文学史を書くっていうことをしようと思って。

– すごく気になります。その距離感について肌感覚含めて比較できる人もそう多くなさそうですし。それはあと一年以内に書き終えないといけないんですよね。

そうそう。

– 書き終えた後はどうされるんですかね。

沖縄で仕事をしようかなと思っていて。台湾でいい話があれば別だけど。

– 桜坂劇場とか?

いや、別の仕事。これは確定なのか微妙なんだけど、一応仕事があるから、その仕事をしようかなと思うし、まあでもいきあたりばったりの性格だから、いい話があったら台湾に残るし。サハリンに行くかも入れないし。チェジュとか。

– しかし、それでも沖縄というのは選択肢になり得るんですね。

でも今年の8月に沖縄から台中に戻った時には「台中に戻ってきた」と思って安堵したり。ようやく台湾にも根ざしてきたのかなと思ってきたけど、3年くらい住んだら変わるよね。

– 3年生活するなかで、台湾のカルチャーや社会、人についてはどういう風に感じていますか?

僕個人はすごい楽しくて。例えば廟會に行ったりして晚會に行ったりして、歌仔戲とか見たりするのは僕は好きだけど、みんながみんなそうではないじゃないですか。そもそも何言ってるのか分からないなんて人がほとんどだし。あと、台湾の「ノイズ」のシーンは面白いと思う。かと思えば台湾のアンダーグラウンドシーンは面白い時期に入ってるなと個人的には思ってて。

– というと?

例えば、技術的な成熟っていうのが一つあって、素材として台湾のそういうローカルな音をようやくサンプリングしたり、うまいこと使い出すっていう。

– 台湾のローカルな音。

台湾連続ドラマとかで流れる台詞とか音とかCMとか、他の地域にない音、台湾のローカルな音とか、台湾で老土とか老派って呼ばれてるものとか、台湾のオリジナリティが圧縮されてるものって他にはなくて。ようやく実は自分たちがダサいと思っていたものの価値とかにオリジナリティが圧縮されてるから、それをうまいこと発信すれば勝負できるということにアンダーグラウンドの人が気付いたっていうのは当然にあるとは思う。対局にはシティーポップがあって、それに対抗しうる唯一の手段がそれなんですよね。アンダーグラウンドだったりhiphopだったりがここ数年で気付いて、自分たちのパフォーマンスや作品に取り入れてるっていうのは、普通にいいなと思う。

– 他のシーンにも言えますか?

今のDJとかも台湾連続ドラマの台詞とかをサンプリングしたのとかをいきなりいれたりしてさ、おっと思って。

ある種の台湾のローカル性を表す時に台客とか台妹とかのあのノリの再発見みたいなものを、台湾語で思考する表象とかってあるじゃないですか。台湾語で考えて台湾語で紡がれてきた文化の再翻訳みたいな行為が一つあって。うまいこと説明できないんだけど。

– つまりやっとあらゆるシーンに於いて、時代の相対化が始まる可能性がある基盤が揃ってきたということですか。

技術なり発想なり。

– 菅谷さんはこの間ツイッターで「台湾には文化論壇がない」ということをおっしゃっていましたが。

まあ文化論争はあるけど文化論壇がないよねっていう。70年代の郷土論争にしても各ジャンルが自分たちの郷土とその表象に対する色んな意見を述べていったりとか、批評家とか作家はたくさんいるけど、日本的な論壇とかは現状ない。しかし、作る必要もないしと思う。ある意味で論壇や閉鎖的なサロン的なものがない状態は健全とも捉えられるし。むしろ論壇がなくても論争や批評もできるっていうことでもあるんじゃないですか。

– はい。

例えば日本の批評で言えば小林秀雄から始まって、とか文脈を踏まえるのも大事だけど、そもそも台湾って日本文学で言うような夏目漱石っていないじゃないですか。

– ふむふむ。

台湾の文化論争の事情も特殊なのかもしれないけど。けどみんな自立して論を持っていると思う。それがうまくいっているかは別として。日本に論壇があるということは、ある種の規律があって、文章や論理の規則が明確で文脈が整理されている分、ある程度規則の中でしっかりしているもの、パッケージが出来ているけれども、自立するとそういう規則もなくなってしまったりするし。フリーというか。台湾では、その魅力もあると思う。

– 菅谷さんも北海道から沖縄から台湾からかなりフリースタイルな生活というか過程を辿っている、とも言えるのではないでしょうか。

てか、みんなそんな不自由なの?寧ろみんな何に縛られてるんだろうね。

– となると、人生の中で今後北海道に帰るんですか、という質問もナンセンスだということですか?

帰らないと思うけどね。今は単にやることないだけかもしれないけど、ずっとやることはないだろうね、北海道で。

– ある意味で台湾っていうのも一つの中間点というか。

台湾に来たのも好きで来たわけではないし。好きとか嫌いとかではないし。台北とか東京が苦手というのはあるけれども。

– 何処に行っても「あなたはなんで来たの?」みたいなことを聞かれ続ける。

沖縄に最初に来たときは「ダーツの矢があたったから」とか答えてたけどね。

– 人の顔を見ながら使い分けなければいけないのもめんどくさいというか、でも多くの人にとっては表象的なもの、ツイッター的に、3,4行の回答で分かれば満足なんでしょうし。まあこの企画はそんな企画なんですけど。

 

(日本語版)What is #BABF | BARRAK ART BOOK FAIR 2018

菅谷聡さんはBARRAK ART BOOK FAIRの台湾事務局を担当している。19日から始まるBARRAK ART BOOK FAIRのr8studioブースに関する情報は上記から、BARRAK ART BOOK FAIR公式ページは以下から。

BARRAK ART BOOK FAIR 2018
barrakartbookfair.com/

2018年10月19日(金)~21日(日)
沖縄 那覇 BARRAK
入場無料

[スケジュール]
19日 (金) 16:00~20:00
20日 (土) 13:00~21:00
21日 (日) 13:00~20:00

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